大いにウソをつくべし

大いにウソをつくべし

すべてのウソは独創的である。他人から抜きん出て、独自の自分を作り出す技術である。

三島由紀夫の「不道徳教育講座」から、わたくしの解釈・意見を好きに述べています。

ウソは人を殺すこともある

アメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンが子供の時に桜の木を切ってしまって、怒ったお父さんに「切ったのは私です」と正直に白状したおかげでかえってほめられたという話。
正直を賛美する、こういう逸話は多いですが盲目に正直に言えばいいのか?

例えば駐車してあったベンツにちょっと車をぶつけてしまった。
10分後現れたどうみても極道の男に本当のことをいうのが正しいのか。
いや、その前に逃げていますね。

やくざに追われている女性が居留守を使っているところをウソはいかんと女性が在宅なのを教える。
そのせいで女性は殺されてしまう。

正直者すぎると人を殺すことにもなります。
何でもかんでも正直というのもいかがなものか。
特に「死」に直結するようなものは正直が悪でもあります。

ウソには面白い、罪のないウソと憎むべきウソとあり、武士が厳格で前のウソを排斥したため「ウソ」=「悪」となってしまいました。

ウソはアホにはつけない

「アメ車を何台か持っていて、日本の道幅の1.5倍の幅があって中々走れない」とか言うウソをついていた人がいました。
ウソだろうと思うのですが、輸入の方法や車の性能とか妙にリアルで詳しい話をしていたので、ちょっと信じていた部分もあったかもしれません。
けれど、絶対ウソやと友達というのも楽しかったです。
よくよく考えてみれば結構博識で頭の良い人だったのかも知れません。

一度ウソをつくと、その後の他のことも辻褄を合わせなければいけなくなります。
地道で繊細で根気がいる作業です。
言ってしまえば面倒くさい。

正直な人というのは、面倒くさがり屋ということです。
正直にしていれば頭を使わなくていいわけです。
楽なんです。

結婚詐欺師なんて結婚式までやり遂げるんですから、その計画性、行動力、精神力、話術、演技力などなど天才的です。
普通の人なら耐えられないでしょう。

アホではウソはつけないのです。

ウソをつくなら独創的に

「学校へ行くと言って、映画を観に行ってました」
と言うウソは月並みで、もう一歩進んだウソなら
「映画に行くと言って学校へ行っていました」
みたいなウソをつければウソも面白い。

すべてのウソは独創的である。他人から抜きん出て、独自の自分を作り出す技術である。