人生を楽しむには足りないことが大切

サブスクリプションが映画をだめにする

私は16歳の時、父の仕事の関係でオーストラリアに住むことになりました。

当時はネットもなく、日本のコンテンツなんてほぼなかったです。

テレビで「おしん」のドラマとロボテックこと超時空要塞マクロスをやっていたぐらいです。

まあ、今みたいな娯楽はなかった。
では、楽しみはなかったのか?と言われると結構楽しんでいました。

VHSの「劇場版 超時空要塞マクロス」をダビングして持っていました。
恐らく100回以上観ました。
名作とはいえ100回ですよ。
でも、飽きなかった。何度見ても面白い。
送ってもらった週刊少年ジャンプも1冊をボロボロになるまで読みました。

こんなこと現代では考えられません。
けど、楽しみが少ないと少ないコンテンツを徹底的に楽しめるということです。

一見、コンテンツが溢れていた方が色々楽しめているように思うかもしれませんが、
本当はコンテンツが少ない方が徹底的に楽しめるのです。

サブスクリプションは手軽に見放題です。
映画を倍速で見るなんて本来ありえないと思います。
けど、いくらでも見られるとなると薄くしか見なくなります。
食べ放題も味より量となってしまうのと同じ。
味を楽しめない。食事を楽しめない。

映画も映画館でお金を払って観るから面白い。
一作でサブスクリプションより高額を払ってです。
しかも見逃しても巻き戻しできない。
この緊張感がいい。
劇場での演劇なんかもそう。

テレビなんて娯楽が少なかったから普及していたといえるでしょう。

サブスクリプションって実は作り手だけでなく観る側も不幸にしていると思います。

作り手が精魂込めて作品を作り、それを適正価格で皆が買い、徹底的に楽しむ。
その方が素敵に感じます。

楽しむために不足させる

里美桂先生の神の手を持つ男「ゼロ」で
ある大富豪が「今まで飲んだことのない最高に旨いお茶を飲みたい」とゼロに依頼しました。
仕事を受けたゼロは何もしません。
しばらくすると大富豪は破産して浮浪者になります。
浮浪者になった元大富豪の前にゼロは現れ、一番安いお茶をご馳走します。
すると元大富豪は生涯で最高の美味しいお茶だと言って泣きながらお茶をすすっていました。

この話から足りない状況というのは喜びが増えるということをわからせてくれます。

砂漠での一杯の水の旨さです。

正直、昨今の食べ物なんてうま味を追求し過ぎて限界がきているように思います。
だから、辛い物に甘いものを足すとか奇抜な味を求めているのでしょう。

本当に美味しいものってそういうところにはない。

寒空の下で食べる豚汁。
炎天下で食べるそうめん。
山歩きの途中で食べるおむすび。

どれも特別な味付けではない。でも恐ろしく美味しい。

お腹を空かせる。
おかずはこれだけで十分なのです。

お金がないから宝くじで千円当たればうれしいし、
モテないから異性からプレゼントもらえれば天にも昇る気持ちになる。

今、生きていく上で色々足りないことってあると思います。

お金、才能、体力、容姿、運

あ~すべて足りない。
けど、嘆く必要はありません。
それは楽しめるチャンスなのです。

足りないのはいいことです。

食べるものが少なければ残さない。
働く人が少なければ働く場所は増えるし給料も増えるし必要とされる。
少子化だから子供は大事にされる。溢れる老人はぞんざいに扱われる。
男(女)が少なければモテるかもしれない。
持っている人が少ない資格は価値が上がる。
お金が少なければお金の有難さがわかる。
背が低ければ謙虚になれる。


でも、配慮が足りないのはダメですよ。

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