マナー違反するべし!

マナー違反に憤る

最近、煽り運転やら、スマホのながら運転・ながら歩きなどのマナー違反が問題になっている。
先日はパンのシールだけをこそっとはがすマナー違反があった。
シールを集めるとお皿などがもらえるので取ったのだろうが、シールがないとパンを売ることができないらしい。
そりゃ、シールを集めている人から見たら、それ目当てで買っているのだから仕方ないと言いたいところだが、たかがシールひとつで大切な食料が無駄になるというのは何とも後味が悪い。
パンが売れないのはパンを取られたも同じ。
たかがシールでも勝手に取っていいものではない。
ということで窃盗で調査しているようだ。当然である。

ここで、簡単に取れるシールにする方が悪いと考えそうだが、日本人ならば簡単に取れて誰も見ていなくても取らないのが誇りなのだから、シールのままでいい。
むしろ、盗んだ輩は日本人(の気概も持っていない)ではないと見ていいだろう。

その手のマナー違反で気になるのが国道などのごみ。
コンビニで食べたものとかを袋のまま道端に捨てている。
中国人のマナーの悪さを批判するが、日本人にもこういう輩がいるということ。
しかし、よくあれだけゴミを捨てられるものだ。
日本人とは思えない。

と世の中のマナー違反に憤ってしまう。
満員電車でのリュックサックを背負っているやつ。
電車でシャカシャカ音楽を大音量で聞いているやつ。
カフェで勉強して消しゴムのカスを机に残していく学生。
歩きたばこに、たばこのポイ捨て。

そのたびにイライラする。

だからっていちいち注意していられない。
最近は注意して殺されるという事件もある。物騒なことだ。

マナー違反が寛容を生む

世の中のマナー違反をいちいち怒っていては身も心ももたない。
マナー違反を怒る人というのは基本、自分はマナー違反をしていないと思っている。
わたしもそうだ。
ただし、知らないところでマナー違反しているこもしれないが。
マナー違反を怒る人は真面目でいい人なのである。
ゆえに、そういうマナー違反な悪に敏感に反応してしまう。

あおり運転などでも、横入りとかに過剰に反応してしまった結果だと思う。

マナーに厳格な人間でもマナー違反することはある。
車を運転していて誤って右折レーンに入ってしまい、思わず強引に直進レーンに入ってしまった。
そんな時、普段マナーに厳しいだけに、かなりの罪悪感に苛まれる。
けれど、そのおかげで人の違反に少し寛容になれたりする。

そのマナー違反にどうしても腹が立つなら、自分がマナー違反してみる。
そうすることで、自分には偉そうに言える権利がなくなり、自分が恥ずかしく思い、誰もがマナー違反することがあると学ぶことが出来る。

であるから「マナー違反すべし」なのだ。

マナー違反(悪いこと)を代わりにやってくれている

マナーを完璧に守る100人がいたら、その2割はそのうちマナー違反をするようになります。
マナー違反や悪事は全体の何割かの人が必ずやるわけです。
そう考えると、マナー違反をしている人は自分の代わりにマナー違反をしてくれている。
おかげで自分はマナー違反せずに済んでいる。
そう思って感謝しておくと、平和で穏やかに生きていけるでしょう。

それはわかるが、やっぱりマナー違反は許せないって?
大丈夫、日本には八百万の神様がいます。
神様は見ています。
マナー違反の罰は天から下されます。
あなたがやる必要はありません。