貧乏でも幸せな社会と貧乏は不幸でしかない社会

現在は貧乏は悪

今の世の中、貧乏でお金がないと悪のように見られる。
稼ぎが悪い、甲斐性がない、会員ランクはブロンズ・・・
別に働いていないわけじゃ~ない。

結構汗水垂らして、我慢して、辛くても働いている。
なのに貧乏・・・なんだろうかこれ?

人間の価値は年収なのだろうか?

そんなことはないという人がいる。

けど、年収150万円と聞けば目が曇る。

というか普通に働いていてそんな年収でまともに生活できないって何か変な気がする。

もちろん努力した人がそれなりの報酬を得ることに意義はなし。
差が付くのも自然の摂理。

けれど、そうじゃない、なんというか社会の仕組みで生まれる格差はちょっと違うような気がする。

アメリカの奴隷制度とかを聞くと不快になる日本人は多いと思う。

しかし、自分の会社、いや自分の高額な給料が非正規などの奴隷的位置にいる人からの搾取だということには目をつむる。

いやいや、今回はそんな話ではなかった。

朝、会社にとてつもなく行きたくない時、思う。

畑で野菜作って生きていきたいと・・もちろん農業も大変だ。
でも、自分が食べる野菜ぐらいならなんとか作れるだろう。

別にグルメな立派な料理など必要がない。
まずい古米でも、空腹なら死ぬほどおいしいのである。

食べるものが少なければ肥満の心配もないし、食材を廃棄することも、料理を残すこともないだろう。

私はちょっと食料不足気味なほうがいいと思う。
ガスや電気も不足気味でいいと思う。
ちょっと足りていない方が「感謝」が生れる。

服だってボロボロになるまで修繕して着ればいい。

自然と素朴に生きる。
それは貧乏でも幸せに生きられることだと思う。

今日生きるのが精一杯の世の中の方が幸せかも 

今の世の中、安全、安心で基本的なことが満たされている。
人間は強欲だから「もっと、もっと」となる。
それってキリがない。
グルメを極めてどうする?
昔、どっかの王様はあらゆるご馳走を食べつくし、さらに求めるその先には人間を料理するという話があった。
それって狂気の沙汰だろう。

テクノロジーで便利になるのは良いが、その分身体を動かして汗をかくことがなくなった。

肉体を酷使して汗をかくためにお金を払う時代。(フィットネスジム)
なんなんだろう。

畑を耕して、山の幸や海や川の幸を取る。
それだけで身体を動かし汗をかく。
命の糧を得るのだから必死なのだが、楽しくもある。
心地よい疲れ、日が沈めば眠る。
そんな生活は豊かとはいえないかもしれない。
むしろ現在の価値観でいえば貧乏。
けど、幸せな気がする。

だって、毎日がキャンプみたいなものだ。

情報なんて少なくてもいい、やれることも少なくてもいい。
けれど、自分たちの力だけで生きていける力強さはある。

死ぬのも早いだろう。
だからいい。
だから毎日を大事に生きる。
未来を考える余裕なんていらない。
一日一日、今日を生き延びた感謝だけでいいと思う。

何か大きなことを成し遂げたら幸せなのか。
何もしなくても十分幸せだ。

ミジンコの群れでめっちゃ泳ぐのが上手くて速いミジンコ・・・それは優秀。
けれどだからなんだ。どのミジンコも懸命に生きて死ぬ。
それだけだ。

ミジンコであいつは幸せそうとか不幸とかあるのか?
メダカに食われて不幸なのか?かもね。

なんだろう、別に高級フレンチだとか、厚切りステーキがなくてもいい。
ご飯とみそ汁と漬物があれば十分だと思う。

今の社会で苦しんで100年生きるぐらいなら、貧乏社会で50歳で死ぬ方が幸せだと思う。

しかし、その道に進むには壁は多い。
そんなこと言いながら、今の世の中の便利は享受しているからだ。

人間ってのは弱い。
環境が外から変えられないと中々変われない。

それでも生き方としては考えてもいいかもしれない。
今の世の中がしんどいなら。

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