政治の話が危険なワケ、選挙に行かない危険なわけ

政治とは何なのか?

ビジネスマンとして政治の話って結構出来ないところがあります。
政治思想で物事が左右されることがあるからです。
最近、芸能人が政治信条を明らかにして炎上したりしています。

ではなぜ「政治」を語ると炎上したり、敬遠されたりするのか?

それは「政治」とは

ルールを作る

ことだからです。

ルールというのは有利になる人と不利になる人が出てきます。

自分がそのルールで不利だったら反対だし有利だったら賛成ということです。

自分が有利なルールを支持する人(政党)は良い人で不利なルールを支持する人(政党)は悪い人です。

皆が納得するルールは作れないので多数決でルールを決定します。
決定したルールは嫌でも従わなければなりません。

日本のルールは国民の代表である国会議員や地方議員や知事などが決めます。

その人たちがルールを作ります。

ルールが気に入らなければ変えることもできます。

それが

選挙

選挙とは自分に都合がいいルールを選ぶことです。

サラリーマンならサラリーマンの給料が上がるルールを選ぶでしょう。
社長なら会社の負担が少ないルールを選ぶでしょう。

自分が有利になるか不利になるかの選択で棄権する人がいることが驚きです。

もし、100人の村で1月~6月生まれの人(40人)は奴隷にするというルールがあった時1月~6月生まれの人は投票を棄権しますか?

どうせ半分以下だから無理と思いますか?

確かに全体的には少数です。しかし1月~6月生まれが40人いて誰も反対しなければ
「奴隷でいいんだ」となります。

でも40人反対すれば、「反対」の意思は伝わります。

ある時、気が付きます。自分の子供が1月~6月に生まれる人が出てきます。
親は1月~6月生まれではないけれど、その期間に生まれるかもしれないと・・
その人は反対に回ります。その数10人。

投票の日、1月~6月生まれの人が1人棄権します。
49対50で法案成立・・・

そういうのが選挙だと思います。

自分の一票がどこでどう転ぶかわかりません。

負けたって得票数が1票でも多ければ力になります。
49対50ではいつでもひっくり返ります。
ひっくり返る危険があれば無茶な法案は通りません。

好き嫌いで考えてみると

例えば自分のことを「好き」か「嫌い」かというアンケートで
「好き」60
「嫌い」0
「回答なし」40


「好き」60
「嫌い」40
「回答なし」0
とではショックは変わってきます。

得票数で負けてもいくら取ったかって結構重要なんです。
勝った方も得票数の多い候補の勢力のいうことは簡単に無視できません。

そこをわかっていないから「投票率」は低いのだろうか。

大体、民主主義はみんなのルールをみんなで決めること。
棄権する人間は奴隷になってもいいということ。

大体「選挙権」が当たり前だと思いすぎ。
5連続棄権は「選挙権」剥奪してもいいと思いますよ。
何の努力もなく権利を行使しない人間には不要でしょう。
権利がなくなった人間に政治家はそれこそ何もしませんよ。

有権者は国のルールを考え、正しいか判断して決断して代表者に委ねる責務があります。
それをせずにやれ民主主義だの国民主権だのとか良く言えたもんだと思います。

私的には「選挙に行かない」ことは生殺与奪を委任したと取ってもいいと思っています。

結構重責なことだという認識が無さすぎる。

失って初めてわかるようじゃ遅いでしょう。中国とか北朝鮮をみていて怖くないのかと思います。

選挙、政治に興味がなくなれば、国民は力を失うということです。

それこそ共産党とか立件民主党とかが狙うところでしょう。

選挙は国民が持つ唯一で最強の武器であると忘れてはならないと思います。

って、政治的な話しちゃった・・・まあいいか誰も読んでないだろうし


Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です