1年後に死ぬとわかっていても嫌な仕事を続けるだろう

1年後に死ぬとわかっていても嫌な仕事を続けるだろう

一人なら好きなこともできるだろうが・・

良く「明日死ぬとしたら」とかいう問いかけがあります。
「明日死ぬとしたら、好きなことやって死にたい」その思いを今生かしましょう。
ということだと思います。

まあ、明日死ぬ、苦しくなく眠るように死ねるなら・・やったーかもしれません。
まあ、明日なら特に何もしません。
一週間でも特に何もしません。
まあ、仕事はしないかもしれませんが・・・

けど、1年後に死ぬとなっても仕事は辞めません。
嫌な仕事でも引き続きやります。いやもっと働くかも・・

家族を持っていれば、家族のために命を削ります。
今も日々削っております。
自分の人生なんてそっちのけです。

死ぬ一日前までいままで通り働きます。
あ、有給消化はしますね。

自分が死んだ後の段取りとかも忙しそうです。

好きなことが出来るのは独り身の話だと思うんです。

1年後死ぬとわかっていれば気分は軽い

人間、何が苦しいっていつ死ねるかわからないこと。
特に今の平和な世の中じゃそう簡単にしねません。
死ぬのは怖い・・痛いの苦しいのは嫌ですからね。
楽に死ねるなら、それは悪くないかも・・・別に死にたいわけじゃないけれど・・

でも、出口戦略じゃないけれど「死ぬのが1年後に決まって」いたら気持ちは楽です。
あーもう頑張らなくていい。勉強も健康も考えなくていい。
最悪1年我慢すれば終わりです。

よく、やりたいことが出来ずに死ぬなんて残念だ!という話があります。
童貞で死ぬなんて無念だ・・とか
でも、よくよく考えると残念で無念なのは生きている人間であって、死人の脳みそはそんなことは考えません。
よくてゾンビになって人間を食べたいという欲求ぐらいなもんでしょう。

長生きすれば良いこと楽しいこともあるでしょうが、同じかそれ以上に嫌なこと、つらいことがあります。
早く死ねばそれらを味合わなくて済む。うん、いいなあ。

だから、人生50年ぐらいでいいと思うんです。
もうちょっと生きたかったな・・ぐらいが。

まあ、人間いざ死ぬとなったら「生きたい」と思うんでしょうが、うーん。
ゾンビやカガステルが跋扈する世界なら一日一日、生を感じることができるんだろうと思います。

明日死ぬかもしれない・・・だから生きているうちにやりたいことをやる。
でも、死んだ後こそ生きることで、そこからやりたいことが出来るのかもしれません。
だって今は「生前」ですからね。

明日死ぬとしたらどうしますか?と言われてもいつもと変わらないのは
もしかしたら1000年生きるかもしれないからです。
間違えて人魚を食べたり、不死病になるかもしれませんからね。

本当に明日死ぬとしたらを実践するなら、一日後に効く毒を飲むとかすればいい。
そうなれば本気になれます。
でも、それは怖い。
所詮、過程の話にはリアリティがありません。

1年後にゴルゴ13が暗殺に来る依頼をしておけば本気で考えるでしょう。
それでも家族のために変わらず職場に行くでしょうね。

暗殺日には睡眠薬飲んで寝ていますよ。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。