自分のことを棚に上げていい理由

声を出すなというお前が声を出すな!

人に命令したり、批判したり、教えたりする時、それを言った人は当然出来ていないといけない話になります。
これって、当たり前だろうと思いますが、時にはそうでない場合があります。
というかある意味自分を棚に上げていないと言えません。

「声を出すな!」と声を出して怒る。
「話をするな!」と言って話しかける。
「静かにしろ!」と大きな声を出す。
「冷静になれ!」と興奮して言う。
「突撃せよ」と後方で命令する。

これに対し、あんたが出来ていないのに言うな!となると物事は進みません。
教えられるからって出来るわけじゃありません。
オリンピックのコーチは選手のように金メダルを取れるわけじゃないのに教えています。

まともな挨拶が出来ていない大人が子供に「ちゃんと挨拶せい!」と言います。
挑戦したことが無い人が「挑戦しろ!」と言います。
失敗したくないのに「どんどん失敗しろ」とアドバイスします。

だから、自分を棚に上げていいんです。
要はそのアドバイスや指導が人の役に立つかどうかが重要なんです。

いくら経験があって実績を残しても人の役に立たなければ意味がない。
未経験でも人の役に立てれば意味はあります。

ただ、共感や納得感を得るには自分を棚に上げ過ぎていると難しくなりますけどね。

話に自分を入れてはいけない。

何かを主張する時には「自分を入れてはいけない」と思います。
自分を入れるとそれこそ自分を棚に上げることになります。

「全人類は嘘つきだ!」

と言った時、自分を入れると「全人類は嘘つきだ!」がになります。
じゃあ、全人類は正直なのか?嘘の嘘は正直?とかよくわからないパラドックスな話になります。

テレビの人間が「我々庶民は」とか言っているのを聞くと違和感と憤りを感じるのは
「高給取りの上級市民と思っているお前らが庶民って言うな」と思ってしまうから。
「庶民の方々は」と言っておけば、まだましである。ちょっと引っかかるけど。

あと、色んな不幸な人の話をする時に「私も気持ちはわかるが」とか言いますよね。
絶対わかりませんから。自殺したいぐらい苦しい人の気持ちがわかるなら当然一緒に自殺するでしょう。
他人の気持ちなんか絶対わかりません。自分的に解釈して「わかったような気持ち」になっているだけです。

なので物事は自分を除外して言わないと変なことになります。

アルコール中毒の人が「酒はやめておけ」って言うとめちゃくちゃ自分を棚に上げていますが、説得力はあります。
例え今飲んでいてもです。これ自分を話から除外しているから。

政治家や官僚何てほとんど自分を棚に上げています。腹が立つのはそれらの人の人間性であって棚に上げること自体は問題ではないのです。
政治家なんて回りまわって言えば国民が選んでいるわけで、国民も政治の責任については自分を棚に上げしていると言えるでしょう。

なのでこれから副業など色々始められる方は「自分はできていない」と卑下せずに、自分は出来ていないけど、あなたは出来るようにします!という考えでやっていけば一歩踏み出せると思います。

<まとめ>
自分を棚に上げても問題ない!
話をする時は「自分」を含めず話すとうまくいく!

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デビューカフェオーナー内橋康彦プロフィール

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