もしも、人間が食べ物を食べなくても生きていけたら

令和8年5月7日(木)晴れ 連休明け 追記

昔の自分の記事から考える。

食べなくても生きていけるとしても
食べる楽しみなく生きたくない

生きるってなんだろう。

食の楽しみがなくなったら生きている意味ってあるのだろうか。
まあ、あるんでしょう。ほかに楽しみがあるから。
けど食って楽しみの多くでもあります。

ちなみにゾンビ好きの私から思うに
ゾンビって食の楽しみで生きているのかもしれません。
だから彷徨いながら人間を襲うのです。

想像してみると食がなければ味気ない人生になりますな。

食べて元気に過ごしましょう。

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2019年1月13日 執筆

目次

人間は食べるために働き、争い、不安になる

「仙人は霞を食って生きている」と言いますが、我々は霞では生きていけません。
光合成で生きていければいいのでしょうが、そんな能力もありません。
人間は生きていくために動植物の命を奪って生きています。

よく何のために働いているかという質問で「食べるため」という回答があります。
これ、逆に言うと人間が食料を食べなく ても生きていけたなら、働かなくていいわけです。
貧乏な人はエンゲル係数が高いといいます。
収入の食費の占める割合が高いということは、食費がなくなれば貧乏じゃなくなると言うことです。

争いや戦争も食料をたっぷり作れる豊かな土地を巡る争いです。
身分や格差ができたのも食料を多く持っているか、いないかです。

雨風を凌ぐ場所さえあれば生きていけます。

食べなくても生きていけるなら、ほとんど不安がありません。
不安って食べることができないことです。

衣と住居さえ確保すれば、働かなくてもいい。
働いてもほどほどでいいわけです。
お母さん(お父さんも)は毎日の献立で悩むこともなくなります。

もしかしたら、バイオテクノロジーで光合成なり出来る人間に改造していけば世界に真の平和が訪れるかもしれません。

もう動植物を殺す必要はありません。
みんな罪を背負う必要もないし、食料資源の問題もありません。

食料がいらなければ、食料を作っている田畑や牧場、養殖場もいりません。
土地もいっぱい空いてます。

心豊かな暮らしが出来るのではないでしょうか。

人生の楽しみの多くは食べること

食べ物を食べなくて生きていけるとなると、人間の最大の楽しみ「食事」がなくなってしまいます。

食べれますけど、食べなくていいものはあまり発展しないでしょう。
もちろん嗜好品としてはあるかもしれません。

食事はコミュニケーションツールでもありますから、コミュニケーションも取りづらくなりますねえ。

世の中、グルメの情報は膨大です。
軍隊みたいなところでは楽しみは食事のみ。
食事が生きがいという人もいるでしょう。

人間の楽しみの多くは「食べること」。
食事は心身の糧です。
「食べること」が無くなった人間は果たして人間らしく生きられるのか。

また、食に関わる仕事も多いわけですから、そういった仕事もなくなります。
シェフとか板前は必要なくなります。

光合成で生きて行けたなら、人類は増えるか?

人間が例えば光合成でエネルギーを生み出し生きていけたなら。
病気は少ないかもしれません。
食中毒や純粋に毒、身体に悪いモノなど摂取しなくていいからです。

病気にかかりにくいと死ぬ人も減ります。
争いも起こりにくい。
どんどん、どんどん増殖する。
すると生息域が少なくなり、結局人間は争うことになる。

ああ、どうあっても人間は愚かなのかもしれません。

まあ、ベースは食べなくてよくて、おいしい料理を植物の肥料みたいな感じで食事があれば、ちょうどいいのかもしれません。

そういう意味ではベースの食料は配給制にしておけば、今の社会でもそんなに働くなくても、皆が楽しい暮らしができるんじゃないでしょうかね。

ポイントは配給・・ベーシックインカムのようにお金じゃないところがミソ。
全く働かなかったら生きて行けるけど楽しくないという感じ。
そしてお金は使いやすい。食べていけるから・・
そうなると経済は回ってきます。

3食給食制の街とか作ってみたら面白いかもしれません。
食費で浮いたお金を何に使いますか?