日常にあるゾンビ

目次

ゾンビのいる日常

今日、一週間前に交通事故で亡くなった先輩の高橋さんが出社してくる。

僕の名前は浦田康平 25歳 システムエンジニアとして大阪のIT企業で働いている。
信じられないことだが、半年ぐらい前に世界中で突然、死体が蘇りだした。
いわゆるゾンビである。
けれど、映画のように人を襲うことは基本ない。
基本ということは襲うこともある。それはおいおい説明しよう。

最初、死人が蘇ったというニュースを聞いた時は半信半疑だった。
というか、ニュースでの報道や政府からの公表もあり、世の中は大騒ぎだった。
ただ、映像はぼかしが入っていたりしてはっきり見たことがない。
ネットでは作り物も多く出回っていて、どれが本物か区別がつかない状態だった。

そもそも、日本では1日に約3千人が亡くなっているというが、日常で人が死んでいるのを見るのは葬式ぐらいだ。
その葬式だって年に一回あるかないかだ。
そんなに死体を見る機会がないのに、それが蘇ったと言われても全く実感が湧いてこない。
アフリカでエボラ出血熱が流行しているという話に近い感覚があった。
遠い、遠い話・・自分には関係がない。

身近にはいなかったので、ごく平凡な日々は変わりなかった。
ただ、テレビなどではゾンビ関連のニュースが絶えなかった。

様々な媒体から見て取れるのはゾンビは非常に大人しく、ただただ彷徨っているだけのようだ。
けれど、何かある法則に沿って動くようだと偉い先生が言っていた。

まれに誤って噛まれた人がいた。
その人は三日三晩高熱に侵され死亡した。
そして数時間後にゾンビとして蘇った。

そのことに対して危険を主張するグループが現れゾンビを殺害していった。
死人を殺害というのは変な感じだがゾンビを見つけては頭を破壊した。
けれど、実際のゾンビは頭を破壊しただけでは行動をやめない。
(映画では頭部を破壊すれば動かなくなる設定だが現実は違う)
首がなくてもウロウロするし、手足だけでもウニョウニュ動いている。
まるで体の部位が各々意識を持っているようだ。

一体どんな原理で動いているのだろう。

最初はウイルスや病原菌、寄生虫など疑われたが、通常の死体と変わりないという。
科学的には動くことは不可能なのに動いている。
科学者は理解を超えたものに戸惑っているようだ。
人間の想像を超えた現象に恐怖がよぎる。
いったい、アレは何なのか?

科学ではゾンビの正体を解明することが出来ない。
そうなると、黒魔術や呪いなどと言う話が盛んになる。
確かに、そういう人間には理解出来ない力で動いているように感じる。
これは人間は何でもわかると思いあがっていることの警鐘なのだろうか。

ともかく、人間社会に元人間だが異質の人、ゾンビが共存することは多くの軋轢を生んだ。

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ゾンビを襲うゾンビ廃絶グループの行動にはすぐに非難の声が上がる。
その急先鋒は人権団体だった。
人権団体の先頭に立つのは「人権派」と呼ばれる弁護士達で主に「死刑制度反対・廃止」を求めて国と闘っている。
「死刑反対」の主張からすると、ゾンビの殺害は私刑であり、ゾンビにも生きる(?)権利がある。ゾンビの人権を守れと訴えた。
さっそく「ゾンビの人権を守る会」が設立され、政府にゾンビの保護を求めたのだ。
確かに、ゾンビといえど、家族、親族、友人からしたら大切な人に変わりがなく、ましてや動いているのだから、黙ってバラバラにされ燃やされるのは見ていられないのは理解できる。

完全に死体なのだが、動いているので、もしかしたら人間に戻るかもしれないという淡い期待を持ってしまうのもまた人間である。

ゾンビがまだ少なく、多くの人の身近にいないということもあり、特に危害を加えるのでなければ、無碍に迫害するのは良くないという風潮になってきた。

そうなるとゾンビを保護しないといけなくなる。
法整備も必要になってくる。
移民問題とは別にゾンビ問題も国会の議題に上がるようになってきた。

そもそも「ゾンビ」の存在をどう定義するか?
元人間ではあるが、判断能力は皆無である。とはいえ、動き、歩くものを処分するというのは抵抗がある。
死んだと断定できないため、遺産相続などもどう対処すればいいのか。

ある家では親がやっと亡くなって、遺産をもらえると喜んでいた息子と娘たちがゾンビとなった親を見て絶望し激しい怒りを覚え、暴力を加えたところ、逆に噛みつかれ皆、ゾンビになってしまったという凄惨な事件も起こっている。
ふと、ゾンビより人間の方が恐ろしくなった。

ゾンビと話し合えば理解できるという議員もいれば、反面、噛まれた人間はゾンビになってしまうという危険も指摘され、ゾンビは全て排除すべきという強硬論も出ていた。
国民の意見も分かれ、この新たな住民に多くの人が戸惑っていた。
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ゾンビ発生から1ヶ月を過ぎたころから、ゾンビはある行動をとるようになる。
それは生前の生活、習慣である。
会社勤めしていた人は電車に乗って会社に出勤しようとする。
パチンコばかりしていた人はパチンコ屋の行列に加わる。
いつも昼食に行っていた牛丼屋にも行こうとする。

それがわかったのはゾンビの行動追跡調査の結果なのだが、当初はわからずゾンビを拘束していた。
するとゾンビはどんどん狂暴化していき人を襲い出した。
ゾンビを危険だとして施設に閉じ込めようとしたが、人権団体が反対運動を起こす混乱が生じた。
「ゾンビに自由を」それが人権団体のキャッチフレーズだった。
先の行動追跡調査の結果から、ゾンビを人間らしくということで、ゾンビを束縛しない条例が下された。
生前、関係していた会社や団体はこれを受け入れるように通達が出る。

ゾンビに生存時の習慣に従わせると色々な社会問題が勃発した。
まずは飲食店だ。衛生観念的には腐敗したゾンビが店にやってくるのは営業妨害以外の何物でもない。
腐臭と言うのは強烈で鼻を押さえた程度では防げない。
そんな臭いのゾンビが飲食している最中に来るのである。
しかも、ゾンビはまともに食事もできない。
というか、ゾンビは人間の食べるものを食べても意味はない。
ただ、生前の習慣から食べる動作をするだけである。
もし、映画のように人肉の味を覚えてたらどうなるのだろう。
そんな一抹の不安がよぎる。

さすがに、これには飲食業界から非難の声が上がった。当然である。
しかし、人権団体はゾンビの入店拒否は人権侵害だと言う。
なぜ、こんなに人権団体の意見が通るのか不思議に思った。

とにかく、政府は早急に対応した。
まずは衛生的にという観点から、ゾンビに防腐処理を行い、破損部分の整形を行い、服も着替えさせる処置がなされた。
防腐処理により、臭いは何とか我慢できる程度には落ち着いたが、腐らなくなったため、ゾンビは減ることはなく増える一方となった。

ちなみに、防腐処理を施さないゾンビは自然の摂理に従って、腐食、崩壊、分解されて土に還るのだが、ほぼホルマリン漬けのゾンビは全く分解される気配もなく、日々彷徨い歩くことになる。

そう、今の社会にはゾンビが共存しているのである。
そして、仕事もまともに出来ず、生産性も皆無なゾンビが会社に出社してくるのである。

とはいえ、会社の人が死ぬってそうそうあるものではないので、それも遠いところの話と思っていた。

しかし、僕の先輩の高橋さんが先週、交通事故にあって一旦死亡したとの連絡があった。
「一旦」ってどういうこと?
それって本当に蘇ってくるということなのか?
にわかに信じられない思いだった。
けれど、お通夜も葬式の連絡もない。
「本当なのか」

因みに、このころの葬儀関係の仕事は閑古鳥が鳴いていた。
ほとんど葬儀までいくことがなかったからだ。

日常にあるゾンビ
日常にあるゾンビ

ゾンビになった先輩の初出社

会社の人事部から連絡があったのは昨日の夕方だった。

人事部の話によると、先輩の高橋さんが交通事故で一旦亡くなったのが7日前。
次の日に蘇り、防腐処理が行われた。
しばらく彼は家で過ごしていたが、2日前ぐらいからスーツを着て(実際には家族が着させている)、鞄を持って出かけようと動き出した。
このまま放っておくと、狂暴化し人を噛む危険性があることから、役所が出勤処置をするようにと連絡があったという。

ゾンビになった先輩が来て何をするんだ?
全く想像ができない。

なんて挨拶をすればいいんだ。

高橋先輩

あれは去年の春・・入社式の日は生憎の雨だった。

「全く、なんてことだ。晴れやかな入社式の日に結構な雨なんて」
IT業界を目指して就職活動に取り組み、まあ希望の会社のひとつだった、この会社に入れたのは良かった。
第一志望ではなかったけれど、悪くないと思う。
将来はITベンチャーを立ち上げる野望があるので、それまでの準備期間だ。
むしろ、第一志望じゃないから辞めやすい。うん、これがベストだと思う。
そんなことをブツブツつぶやきながら、ちょっと大降りの雨の中を歩いていた。



高橋先輩は僕の4年先輩にあたる27歳。
入社して配属されたチームで一番歳が近い先輩だった。
先輩は僕の教育係りを拝命していて、初日から付きっ切りで世話をしてくれた。
仕事への姿勢は厳しいものがあり、よく怒られたが、嫌な感じではなかった。
怒られた後、僕の鼻をつまむのが先輩の愛情表現だった。
ふと、入社した時のことを思い出した。

<執筆中>2019.04.8