能力差別

令和7年8月28日 (木) 晴れ 執筆

「実力主義」ってあります。
「出自」や「性別」「人種」と違って公平な感じがしますが、
果たしてそうでしょうか。

私は「実力」も他と同じような差別だと思います。

なぜか。

そもそも「実力」って何でしょう。
それは言い換えれば「能力」です。

「能力」って何でしょう?
技術、スキル、腕前?
何かを成しえる能力なんでしょうね。

そしてこの「能力」は個人によって違います。

「能力」が高くて成果を出していれば報酬が多いのは当然。
多くの人がそう思っています。私だってそう思わないことはないですよ。

しかし、一歩立ち止まって・・・それって本当なのか?

まず、実力主義を唱える人は「実力」がある人です。
そう「実力主義」で有利な立場なんです。

人間それぞれ得意な能力がありますが、
今の世の中で役に立つ、効率が良い、最近の言い方だと「生産性」が良い人。

コミュニケーション能力とか調整力とか対人能力も重視されます。

そりゃ愛想良くて気が利く人はいいですもんね。

ただ、問題なのは私のようなポンコツ凡人も「実力主義」は正しいと思っていること。
「実力」がないのだから低報酬で仕方がない。
そう思わされている・・・のではないのか?

体制側からしたらこんな魅力的な論理はありません。

世の中ほとんどの人はそんなずば抜けた能力があるわけではありません。
けれどそんなに劣った能力でもないわけです。
今まで生きてこれているわけですから。

凡人は基本的に能力に絶対的自信を持っているわけでもないし、
思い通り出来ないことが多いです。
そこでポンコツの役立たずと言われて落ち込めば、
報酬が低くても「自分の責任」となるわけです。

そうやって低収入の人間を多く作って・・・この不景気

さて、実力と言いますが、それが本当に反映されているのか?

すごく面倒見の良い介護士と
人の悪口やフェイク動画を作るユーチューバー
どっちの方が報酬が良いか?

人を貶める「能力」が高い人間が金を稼ぐ・・
金を稼げば実力があるのか?

大谷翔平であってもボールを早く投げられる、棒で打った球を遠くに飛ばす能力はずば抜けていますが、
実社会の役に立つのか?
丈夫な家を建てる大工さんより稼いでいるのはなぜ。

いやいや、それは仕事が違う。
大工さんなら腕前で報酬が違うもの。

さて、それもどうなんでしょうか。

大手建築会社と零細建築会社
零細の大工さんの腕がはるかに良かっても報酬は低いかもしれない。

こう見ると「実力主義」も怪しいものです。

そして生まれ持ったもので差を付けられるなんて「差別」だと思うんですよね。

「実力」と言っても今の世の中で優位な「能力」なだけです。
電気がなくなったらユーチューバーもITもくその役にも立たない。

あやとりの技術で報酬が変わればドラえもんののび太君はエリートになれます。

私は魚取りの能力は高いので狩猟生活ならエリートになれるかもしれません。

とにかく「実力主義」に疑問を持ち、
能力のない凡人はそれに飲み込まれないことです。

時代、場所によって「実力」は変わります。

ポンコツの私だって活躍できる場所はあるのです。
それを自分で作っていくのも一つの方法。

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