打たれ弱くたっていいじゃないか

打たれ弱いのってだめなの?

私は嫌なこと言われたり、批判されると凹みます。
嫌いな人間と関わると頭がくらくらして平穏ではなくなります。
落ち込み、暗いくなります。
弱いです。

「見かけに反して打たれ弱いですね」
なんて言われます。
失礼な(怒)

そりゃ、何言われても堂々としている人
動じない人、平気な人、喜んでいる人
憧れます。

自分も強くなりたいと思います。
しかし、そうは中々なれない。

そういう人間ですから。

打たれ弱いってだめなんでしょうか?

ネットを見ると打たれ弱い人間は
自己批判、プライド高いだのぼろ糞です。

そして、克服しろ!というサイトばかり。

考え方を変えるのは確かに効果はあります。
けれど、どう考えてもダメなことはあります。

打たれて打たれて強くなる。
いや、強くなりません。
(もちろん多少は強くなっているでしょうが)
もう何十年も生きてきて変わりませんから。

打たれ弱い
これ、なんか悪いことですかね。
言い方変えれば「繊細」です。

高貴な人が公衆トイレなぞ無理!みたいなものです。

打たれ強い人はどこでも「う●こ」出来る人
打たれ弱い人は綺麗なトイレでしか出来ません。

それを無理やり汚いトイレでさせるか?
ということです。
慣れません。

わかります?この感覚。

打たれ弱い

そして、悩み苦しむ人の心というのは
打たれ弱い人にこそわかるもの。

大体、強い弱いなんて何の基準で言っているのか?

会社で自分が周りよりちょっと鈍感で打たれ強いだけ。
打たれ弱い人でも、この人すぐ凹むと思う超打たれ弱い人もいます。

俺は打たれ強いと自慢している人でも、戦場などの過酷な地で
そういられるのか。

要は相対的なもの。周りと自分がどうかということ。

それに打たれ弱いのは、繊細もありますが、命を賭して
戦うほどのことがないということ。

そう、会社の面白くない仕事に対して反撃する労力は無駄と言うこと。
自分がどうしてもやりたいことなら打たれ強くなります。

そして、打たれ弱い人は「やさしい」んです。
やさしいから、自分を責めて、相手を許す。
ただ、攻撃してくる人間といるとしんどい。
波風立てずにいたい。ただそれだけなのに。

「打たれ弱い」なんてのはその人の一面に過ぎない。
だから、いいじゃないですか
「打たれ弱く」ても。

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