野望は希望や夢や目標より素敵

令和8年3月27日(金)晴れ 追記 桜の季節 プロ野球開幕

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2018年12月18日 執筆

昔の自分の記事から考える。

昔はプロ野球開幕の時は足早に帰ってました。
今はそれほどでもないけれど、ちょっとワクワクします。

さて「野望」だ「希望」だと書いていましたが、今は枯れています。
なぜか。
もちろん年齢もあります、保身もあります。
けれど一番は「金がない」です。
千円、二千円が痛い人間は動いて金を使うのが嫌。
だから野望も湧いてこない・・いや考えないようにしている。

メジャーリーグで年棒230億円とかやってましたが、そんなお金があったら何かしようと思います。

何かやるのにお金は関係ないといいますが、成功している人は100万円ぐらいは普通に使います。
ファッションに100万円とか使います。
軽く出していないとは思えど、出せるところが違います。
財布どころか銀行口座に千円ぐらいしかない人間に何かやろうと思う気が起こるわけがない。

もちろん金のかからない趣味は楽しんでいますよ。

そもそも無理に野望を持つ必要もありません。

それでもまあ幸せに過ごしています。
死んだらどうなるか楽しみなので程よく死にたい今日この頃。

長生きなんていらない、幸せで早死にが最高。
そこに野望はいらない。凡人だから。
野望は優秀な人に任せて、モブは無能に生きるのです。

野望があると言う

将来のことを話す時、
「夢」「希望」「目標」とか言います。
けど、なんだか心に響かない。

それに比べ「野望」「野心」良い響きです。
一般的に「野望」や「野心」というとギラギラしていて攻撃的な感じがします。
出世、成功、金持ち、そんなイメージです。
いいじゃないですか。

「夢」が嫌い

逆にどうも苦手なのが「夢」。
まあ、言いますよ「夢」。
でも、なにかふわふわしています。
「夢」が名前に付く人の印象も概ね悪い。
寝ている時に見る感じで、なんだろう主体的な感じがしない。
なったらいいな・・という感じ。

「野望」「野心」は取りに行く

対して「野望」「野心」は積極的であり、強い意思表示でもあります。
「私には野望があります」と言う人がいれば、おっ!と耳を傾けます。
「野望」と言うからには戦い、勝ち、儲けて、豪勢に、好きに、自由に生きてやるという強い意志を感じます。
そこには偽善っぽいものは微塵もありません。
ボランティアやチャリティーだって、全く見返りも利益も考えてないっていうほうが胡散臭いと思いませんか?
金銭的には無償でも、自己満足、イメージアップ、「徳」を貯めるなど何か自分に良いことがあるからやるわけです。
それを全くないと言うんじゃなくて、そういうのも有りますと堂々と言ってやる。
その方が気持ちいい。
もちろん、それらが第一目標というのもどうかと思いますが、利益を考えることは隠さないのがいい。
「野望」にはそんなところがあります。
そう「野望」は積極的なんです。
取りに行く!そういう決意を感じます。

だから、何かやりたいこと、叶えたいことがあれば「夢」ではなく「野望」と言った方がうまくいきます。

私は「銀河英雄伝説」が好きですが、主人公のラインハルトが「夢」とか言っていたら皇帝にはなれなかったでしょう。
ラインハルトは「野望」「野心」と言っていました。

あなたの「野望」はなんですか?