関わり方の密度はそれぞれ、やりたいことをやらしてあげればいい。

次男は中学になってもラグビースクールでラグビーを続けるのですが、吹奏楽もめちゃ好きで学校ではそっちをやりたかった。
しかし、掛け持ち出来ないらしい。
そりゃ、どっちも大会とかあったりするので、どっちつかずの場面もあるかもしれません。

日本人はマルチだ、二刀流というと中途半端とか決めつけるところがある。
けど、どっちも可能性があって、出来るならなんでもやっていいと思うし、人それぞれ関わる濃度は違っていいと思う。
土日に練習出来ないことでコンクールに出れないのは仕方がないにしても、普段音楽に関わることを先生が認めない学校って、教育ってなんやねん。

こうやって色んなことを諦めさせるから、日本人の発想、可能性は失われていく。
色々やって、何がやりたいか、適正は何かが見えてくるのではないのか?
これしかやっちゃだめ、とか散々言っておいて夢持てとか希望持てって言っても選択肢はない。
両方やっていて、やってたらこっちに集中したいから一本でやると言うならわかる。
野球の大谷選手の二刀流を批判する人もいるが、両方やるからワクワクする。
両方やるからうまくいく人もいる。
厚切りジェイソンが企業の役員辞めてお笑いだけに専念して魅力があるのか?
成功している人って二刀流どころじゃないと思うのだが。

今後多くの人が、パラレルキャリアなど色んな顔、役割を持つわけで、
それが中途半端だとか言い出すと、育児や介護と仕事の両立もどっちかにしろという話になる。
学校の先生は先生しかやっていないからそんな発想なのだろうか。
画一人間を作る教育ではなく、才能、可能性を広げる教育をやってほしい。